タイクーン

最近中学生の頃にラジオから流れたのを聴いていて、何となく覚えている曲を改めて聴くことにはまっております。
そういうミュージシャンには大物もいれば一発屋や泡沫バンドもいるんですが、特に後者は現在では忘れられてしまった人たちが多く、聴いていてなんとも言えない気分になりますね。
今は体調が思わしくなくてあまり長い文を書きたくない気分なので、今回はそんな忘れられた人たちの中から一つ取り上げてみましょうかね。というわけでタイクーンです。
このバンドのことを覚えている人はほとんどいないんじゃないでしょうか。日本でも1曲だけそこそこラジオでオンエアされた程度でしたから。
実は僕も当時音楽雑誌の宣伝で、バンド名をもじった「大君」という漢字が一面にでかでかと書かれていたことばかり覚えていて、それ以外のことはほとんど記憶になかったですし。
まあたまにはこういうのもいいでしょう、ってことで、見切り発車で今回もスタートします。


タイクーンは70年代後半にアメリカのニューヨークで結成された6人組のバンドです。実は英語のサイトをいろいろ当たって調べてみても、このバンドの情報についてはほとんど載っておらず、結成した年すら分からないという体たらくなんですが。
英語版ウィキペディアにもバンドの概要についての記述は2行しかなかったですし、いつも重宝しているビルボード系のサイトにはチャートの記録こそ載ってはいたものの、普通ならあるはずのバンドのバイオグラフィーの項目自体がなかったですから(今までいろんなミュージシャンについてこのサイトで調べたけど、バイオグラフィーがなかったのは初めての経験)。
バンドのメンバーはノーマン・マーション(ヴォーカル、キーボード、ギター)、ジョン・ゴードン(ギター、キーボード)、マーク・ライダー(ベース、パーカッション、バイオリン)、リチャード・スタインバーグ(ドラムス)、マイケル・フォンファーラ(キーボード)、マーク・リベラ(サックス、パーカッション、ヴォーカル)の6人でした。
キーボードのフォンファーラだけは当時からそこそこ名が知れている人でしたね。70年代半ばから後半にかけて、あのルー・リードのバックでキーボードを弾いていた人で、アルバム『Sally Can't Dance』『Coney Island Baby』(ここでのプレイはオリジナル盤では採用されず、05年の再発盤でのボーナストラックでようやく陽の目を見た)『Rock and Roll Heart』『Street Hassle』でプレイした他、『The Bells』『Growing Up in Public』ではプロデューサーも務めています。知る人ぞ知るって感じでしょうか。
彼らがどういう風に出会ってバンドを結成したのかとか、その手のエピソードはまったく発見できなかったので書けないのが残念なんですが、とにかくバンドはメジャーのアリスタ・レコードとの契約に成功し、79年にシングル『Such a Woman』がスマッシュヒットしたことにより、一躍注目されることとなるのです。


Tycoon - Such a Woman


これがそのヒットシングル。ビルボードで26位というまずまずの売り上げを記録しています。
サウンドは大ブレイクする前のジャーニーやスティクスに似ていて、アメリカン・プログレッシブ・ハードロックと産業ロックの中間地点にいる感じでしょうか。
シンセを多用した聴きやすい音は当時のアメリカンロックのトレンドで、彼らもそれを忠実になぞっている感じなんですが、メロディーは分かりやすくしっかりしてますし、また分厚いコーラスワークが耳に残り良いアクセントになっています。
実はこの当時の彼らをプロデュースしていたのは、あのロバート・ジョン・“マット”・ランジなんですよね。AC/DCフォリナーデフ・レパード、カーズ、ブライアン・アダムスニッケルバックなどのプロデュースで大ヒットを飛ばし、またシャナイア・トゥエインの夫兼プロデューサー兼コンポーザーとして彼女の大成功に一役買ったことでも有名です(現在は離婚して、トゥエインはランジの不倫相手の元夫と再婚しています。なんかどろどろしてますね)。
後にヒットメイカーとなるランジも、当時はまだプロデューサーとしては駆け出しだったはずですが、コーラスの使い方なんかはこの頃から特徴があるんじゃないでしょうか。音にも適度にハッタリが効いていて、いい仕事をしていると思います。
なおこの年バンドはアルバム『Tycoon』(邦題は『大君…』)もリリースし、ビルボードで41位と中ヒットさせています。日本で宣伝されたのもこの頃ですね。売れたかどうかは知りませんが。


この曲以外に彼らはヒットを出すことはなかったため見事一発屋となるのですが、バンドは81年に2ndアルバム『Turn Out the Lights』をリリースします。
しかしこのアルバムはプロデューサーにキッスやリンゴ・スター、メリサ・マンチェスターらを手がけたヴィニ・ポンシアを迎え、満を持して発売されたにも関わらず、シングルもアルバムもチャートインすらしないという惨敗を喫し、彼らはあっさりアリスタから首を切られてしまうのでした。


Tycoon - Hang On In


『Turn Out the Lights』収録曲。
もともとはシンガーソングライターのノーマン・サリートの曲で、同じく81年にあのアート・ガーファンクルもカバーしてビルボードで8位の大ヒットを記録しています(ガーファンクル版の邦題は『北風のラスト・レター』)。
ガーファンクルのバージョンがヒットしたことからも分かるように、哀愁を帯びた良いメロディの曲(ちょっと歌謡曲っぽい気もしますけど)なんですが、前作にはあったハードさがまったくと言っていいほどなくなり、当時よくあったAORみたいな音になっていますね。このへんの路線変更が従来のファンにそっぽを向かれたということなのかもしれません。


これ以降のバンドの消息はまったく不明だったんですが、調べてみたらなんと09年に、3rdアルバム『Opportunity Knocks』をダウンロードサイトで発表しているんですよ。これには驚きました。
と言ってもタイクーンがその頃まで存続していたわけではなく、単に80年代半ば頃にセルフ・プロデュースで作成したものの、発表する当てもなくそのままお蔵入りしていたのを改めてリリースしたものらしいですね。
もうこの時期にはフォンファーラやスタインバーグはいなくなっているんですが、いかにもラジオでかかりやすいような産業ロックに寄せた音になっているようです(YouTubeには音源がなくて音が聴けないので、伝聞でしか分かりません)。
バンドはこのアルバムを作成した後、80年代半ば過ぎには自然消滅したらしいですね。晩年には後にボン・ジョヴィのドラマーになったティコ・トーレスが加入していたという情報もあったんですが、いろいろ調べてみるとどうもガセっぽいです。それくらい消息のはっきりしないバンドってことで。


メンバーのその後ですが、ヴォーカルのマーションは07年に亡くなっています。
フォンファーラは脱退後故郷であるカナダに帰り、トロントでR&Bのバンドを組んで活動しています。地元の業界では結構顔役みたいですね。
彼の最も重要な仕事は、フォリナーの大ヒット曲『Urgent』でキーボードプレイヤーとして参加していることでしょうか。世界中で親しまれた曲でプレイしているということは、ミュージシャンとしての勲章のようなものかもしれません。
メンバーの中で最も出世したのはリベラです。彼はホール&オーツピーター・ガブリエルジョン・レノンジョー・ウォルシュなどとプレイした後、82年からはビリー・ジョエルのバンドに参加して現在も活躍しているほか、音楽監督としてリンゴ・スター、スティーブ・ウィンウッド、エルトン・ジョンらと仕事をしています。
また彼の会社であるマーク・リベラ・エンターテインメント・グループは、HBO、IBM、メリル・リンチ、AT&Tノースウエスト航空など多数の企業や業界団体、慈善イベントなどのプロデュースを行っています。
あと2ndから加入したギタリストのボビー・メッサーノ(元STARZ)は、ルー・グラム(フォリナー)、スティーブ・ウィンウッド、クラレンス・クレモンズ(ブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンド)、ピーター・クリス(元KISS)、ジョー・リン・ターナー(元レインボー)らと仕事をしたほか、ブルース・ギタリストとしても活躍、12年にはデラウェア・ブルースの殿堂入りも果たしています。