エアロスミス

エアロスミスが来日してて、東京ドームを含む全国をツアーしているらしいですね。だからちょっと書いてみます。
考えてみたら最近はゴスを中心に英国のマイナーなバンドばかり取り上げてて、アメリカのバンドを書くこと自体2ヶ月ぶり、メインストリームのバンドに至ってはいつ以来か覚えていないくらいなのに、いきなりメジャー中のメジャーであるエアロスミスについて書くとかいいのかなって気もしますけど。つーか緊張するww


エアロスミスは中学生の頃よく聴いてましたね。友達に好きなやつがいて、アルバムをテープに録音してくれたんで。
ブルースをルーツとしながらもキャッチーで分かりやすく、それでいて英国風の湿り気のある部分も持っていて、僕の好きなバンドでした。
このへんの曲は当時よく聴いた記憶があります。


Aerosmith - Walk This Way


75年リリースの3rdアルバム『Toys In The Attic』(邦題は『闇夜のヘヴィ・ロック』)からのシングル。全米10位のヒットになっています。当時は『お説教』という邦題がついてましたっけ。
これを知らない人はいないんじゃないか、と思わせるほど有名なリフと、ラップを連想させるスティーブン・タイラーの語り調ヴォーカル、そしてファンキーなノリがカッコいい曲ですね。
今でも『踊る!さんま御殿!!』のエンディングテーマに使われていますから、若い人にも知名度は高いんじゃないでしょうか。


Aerosmith - Draw The Line


77年リリースの5thアルバム『Draw The Line』のタイトルナンバー。
ジョー・ペリーの弾く入魂のスライド・ギターと、後半のスティーブンの高音のロング・シャウトは震えが来るくらいカッコいいです。
よく聴くとギターのフレーズの一部が『かえるのうた』のメロディに似てるんですけど、それはまあ気にしないという方針で。


当時はエアロスミスの第一次黄金期と言っても過言ではない時代で、キッス、クイーン、エアロスミスで「ロック御三家」みたいな書き方をしている雑誌もしばしば見かけたものでした。アメリカでのセールスも好調で、スタジアムを常に満員にするような人気バンドでしたっけ。
ただそれは長く続かなかったんですよね。僕が高校に入る頃には見事に落ちぶれていましたから。


エアロスミスが没落した原因は、ご他聞に漏れずドラッグでした。
バンドのメンバーは全員がドラッグ漬け。そのせいで行動はめちゃくちゃで、ライブで同じ曲を2回続けて演奏したり、誰もセットリストの変更を覚えておらず、前のツアーでラストだった曲を3曲目にやったら、それで終わりだと思って全員ステージを降りちゃった、なんて話は日常茶飯事になっていました。
またスティーブンはライブでは大量のスカーフをヒラヒラさせたマイク・スタンドを使用していたのですが、そのスカーフにはドラッグの粉末がまぶしてあったうえ、錠剤まで隠してあったというから驚きです。当然ライブの最中にドラッグをキメるためなんですが、それどころかスティーブンは、隠してある錠剤を触ると「ああ、ここにヤクがあるんだ」と思って安心できたというのですから、そのドラッグへの依存度はハンパじゃなかったのでしょう。
そんな状態ではまともにライブができるのかも怪しいとお思いでしょうが、実際歌詞を忘れてむにゃむにゃとごまかすこともしょっちゅうでしたし、やはりドラッグでラリっていたジョー・ペリーにギターで殴られ流血するなど、なんだかハードコア・パンクみたいな惨状になることもあったようです。
結局ヤク中だらけの中、バンドの人間関係は崩壊し、ジョー、ブラッド・ウィットフォードと2人のギタリストが相次いで脱退しました。そしてジョーが中途半端に参加した79年のアルバム『Night In The Rats』と、後任のギタリストを招いて82年にリリースされた『Rock In A Hard Place』(邦題は『美獣乱舞』)はどちらもパッとしない内容で、そこにスティーブンの交通事故も加わってエアロスミスの人気はどん底にまで落ちました。


しかし84年にはオリジナル・メンバーで再集結。ドラッグを断ってクリーンになり、再起を賭けてツアーを開始します。
それでも人気はなかなか回復せず、先行きを危ぶむ向きもあったのですが、86年に転機が訪れました。人気ヒップホップ・グループのRun-D.M.C.が、彼らの名曲『Walk This Way』をカバーしたのです。


Run-D.M.C. - Walk This Way


PVにはスティーブンとジョーもゲスト出演して花を添えました。見てみると当時落ちぶれていたとはいえ、さすがに大物感たっぷりですね。
結局この曲は全米4位の大ヒットとなり、アルバム『Raising Hell』も200万枚以上を売りました。それをきっかけにしてエアロスミスの人気もどんどん回復していきます。
そして翌87年にはアルバム『Permanent Vacation』が大ヒット。シングルヒットも連発し、ついに完全復活を成し遂げたのです。
その後はかつてを越えるほどの商業的成功を収め、今ではクラシック・ロックの御大として不動の地位を築くこととなりました。


正直高校生の頃には「エアロスミスはもう終わった」と思ってましたし、そのうち誰か死ぬだろうとも思ってたんですけどねえ。
誰も死なずにクリーンになることに成功し、なおかつこれ以上ないくらいの大逆転復活劇を演じたのですから、まさにリヴィング・レジェンドと呼ぶにふさわしいのでしょう。
もうみんないい歳ですし、ベースのトム・ハミルトンに至っては癌治療中だったりするのですが、こうなったらできるだけ長いこと元気で頑張ってほしいものです。