空手バカボン

まずは私事ですが、このブログが開設3周年を迎えることとなりました。
飽きっぽくて体もあまり丈夫ではない自分が、何とか無事にこれを続けていることができるのも、偏に読んで下さっている皆様のおかげだと思っております。どうもありがとうございます。
ひたすら過去を懐かしんでいるだけという後ろ向きな方針のブログではあるんですが、書いていると当時とは違った感想が湧いてきたり、忘れていたことを思い出したり、その頃は知るよしもなかった新しい事実を知ることができたり、現在の消息が分かったりして、読んでいる方々以上に自分が楽しんでいる側面があったりします。だからこそ続けていけてるんでしょうが。
現在体調不良が続いていて、更新頻度がさらに低くなってしまっているんですが、体が治りさえすればまたすぐに元の週一ペースに戻して、こつこつ書いていきたいと思います。取り上げたい人はまだいっぱいいますし。
これからも洋邦メジャーマイナー問わずごった煮方式で、気の向くままにやっていくつもりです。皆様お暇でしたら読んで頂ければ幸いです。これからも変わらぬ御愛顧をどうぞよろしくお願い致します。


さて、3周年記念ということで本当なら大物ミュージシャンについて、がっつり腰を据えて書いてみようかなと思ったりもしたんですよ。2周年記念の時は、エルヴィス・コステロを3回に分けて取り上げてましたし。
しかし悲しいかな今は全然気力がなくて、まとまった文章を書くのが大変な状態なんですね。自宅療養中で一日の半分は寝てますし。
というわけで、今回は音楽史においてまったく重要でも何でもない、余興的なユニットを取り上げてお茶を濁そうと思いまして、あの空手バカボンを取り上げてみます。個人的にこの人たちは好きだったんですよ。
前回は激しくてシリアスで重苦しいニルヴァーナを取り上げたのに、今回は明らかなおふざけユニットについて書くわけで、自分でも落差が大き過ぎるだろうと思わなくもないのですが、この振り幅の大きさこそがこのブログの真骨頂、と好意的に解釈して頂ければありがたいです。


空手バカボンは83年におーつきモヨ子(ヴォーカル、メインコンセプト)、はやぶさのユウ(エレクトーン、ギター)、ケラ(ヴォーカル)の3人で結成されたテクノポップユニットです。
おーつきモヨ子というのは筋肉少女帯大槻ケンヂの当時のステージネームです。「モヨ子」というのは夢野久作の書いた小説で日本探偵小説三大奇書のひとつにも数えられる、あの『ドグラ・マグラ』に登場する謎の狂少女、呉モヨ子から取られています。初期の筋肉少女帯はいたるところにに幻想小説サブカルなどのエッセンスを散りばめてあって、そこが面白かったというのもありましたっけ。
はやぶさのユウはやはり筋肉少女帯のベーシスト、内田雄一郎の当時のステージネームです。この由来は不明ですが、ガッチャマンの「コンドルのジョー」とかと同じようなニュアンスなのかもしれません。
ケラはTHE WILLARDラフィン・ノーズと共にインディーズ御三家と呼ばれたバンド、有頂天のヴォーカリストですね。当時はナゴムレコードというインディーズ・レーベルを主催しており、筋肉少女帯、人生(電気グルーヴの前身)、たま、ばちかぶり(田口トモロヲがヴォーカリストを務めていた)、カステラなどを世に出しています。現在はケラリーノ・サンドロヴィッチ名義で劇団「ナイロン100%」を主催する他、映画監督や脚本家、演出家としても活躍しています。
このユニットの結成に至る経緯は、実にいい加減というか当時のインディーらしい話になってます。大槻と内田の所属していた筋肉少女帯はメンバーチェンジがやたらと激しく、その当時はメンバーが足りずに活動できない状態でした。
そのため暇を持て余した二人は、じゃあメンバーもいらないからテープをバックに歌おうと思いつき、内田の作ったトラックを録音したテープに合わせて大槻が歌うというユニット、空手バカボンを構想しました。
その頃二人の先輩でもあったケラが、渋谷のセンター街にあったナイロン100%というライブハウス(と言うかライブもできるニューウェーブ茶店。行ったこともあるけど狭かった)でソロ・ライブを行うことになり、ゲストとして出演しないかと二人に声を掛けました。
そこで二人は空手バカボンとして出ようとしたのですが、内田が法事のために参加ができなくなったので、あらかじめ演奏を収めたテープを作って大槻に渡したところ、何故か当日のライブではケラも参加し、そのままメンバーになってしまいました。本当に身内のノリだけで出来たユニットなわけですね。


空手バカボンは一応「宗教団体空手バカボン教の宗教活動」というコンセプトを持っており(と言ってもこれは完全な思いつきで、すぐにうやむやになりましたが)、エレクトーン演奏を録音したテープに合わせて内田がギターを弾き、大槻とケラが歌うというスタイルで活動していました。当時流行していたYMOが高価なマシーンを使ってやっていることを、安易にエレクトーンでやってしまおう、というノリもあったようですね。
テクノっぽい演奏を収めたテープをバックにパフォーマンスをするというアプローチは、同じナゴムレコードの人生に近かったような気がしますが、人生がストレートにバカなことをしていたのに対し、空手バカボンはいい加減でありつつブラックなところがしばしば顔を覗かせるところがあって、そこがユニークだと感じましたね(人生も十分ユニークでしたが)。
またロックバンドがギターを壊すパフォーマンスをするのをパロディ化して、「私たちはテープのバンドなのでテープを壊します」と言ってカセットテープをアンプに叩きつけたり、ライターで燃やしたりというパフォーマンスはしていました。すごく間抜けな感じがして良かったですね。
あとこれは演劇好きのケラの影響なんでしょうか、曲の間にシュールなコントもやってましたっけ。僕はシュールなネタを面白がるようなタイプではないので、ライブで聞いてもふーんって感じだったんですが、女の子のお客さんはよく笑ってたのが記憶に残ってます。
客層は人生ほどではないですが、ナゴムギャルがかなり多かった記憶がありますね。ナゴムギャルというのは当時ナゴムレコードのバンドを観に来ていた、個性的な服装(昔の篠原ともえみたいな格好)をしていた女の子のファンの総称ですね。特にキャラクター性の強いバンドのライブに大挙して出没していました(特に人生は客のほぼ100%がナゴムギャルだった)が、音楽を全然聴いてなくてキャーキャー言ってるだけで、ライブでは厄介者みたいな扱いでした。個人的にはうぜーと思いつつ、女の子に人気があって羨ましいなとも思ったりして、いろいろ複雑な感じでしたが。
それとケラが不参加の時は「空手アホゴン」と名乗ってライブをしたこともあったらしいですね。あと木魚(ナゴムレコード出身のシュールなバンド)のメンバーを加えた「空手木魚ボン」なんてのもあったとか。


空手バカボンは余興的なユニットだったのにも関わらず、83年9月にはソノシートバカボンのススメ』でレコードデビューもしています。
この当時筋肉少女帯はまだレコードを出していなかったので(単独でシングルを出したのは85年、ナゴムレコードのオムニバスを含めても84年にレコードデビュー)、随分と早いレコード化でしたが。
このシングルはジャケットを漫画家のまついなつきが描いていた記憶があります。最近は名前を聞かないなと思って調べてみたら、今は占い師になっていてびっくりしました。中野ブロードウェイに店も持ってるとか。


空手バカボン - おおもうけバカボン


バカボンのススメ』収録曲。大槻曰く「空手バカボンの代表曲」。
ピンク・フロイドの『Interstellar Overdrive』(邦題は『星空のドライブ』)まんまのイントロから、ひねくれたメロディに載せて狂気を秘めた強烈な歌詞が飛び出してきます。すごいインパクトですね。
大槻のヴォーカルは怪鳥音を思わせるような甲高さで、メジャーデビュー後の筋肉少女帯しか知らない人は驚くかもしれません。昔は筋肉少女帯でもこんな感じで歌ってたんですが。
大槻はこの歌い方について、あるミニコミ誌で「父親がファンだった小林旭に影響された歌い方」と語っていたそうですが、とても本当の話とは思えません。


空手バカボン - 私はみまちゃん


これも『バカボンのススメ』収録曲。ハイテンポなテクノトラックと、大槻とケラの畳み掛けるようなヴォーカルの掛け合いが強烈な印象を残す曲ですね。
この歌詞は大槻曰く「思春期特有の自意識過剰の裏返しの自己否定を唄った歌ですね。ともかく自分はみにくい。でも、本当はキレイで、いつかどこかで女王になれるのよという、少女特有の歪んだナルシシズムを太った女の子に置き換えて唄った歌なんです」ということなんですが、当時はコミックソングとして聴いていましたね。インディーズに詳しくない友人に聞かせてもバカウケでしたし。


不定期にしか活動していなかった空手バカボンですが、その音楽性は好評だったようで、85年にはEP『孤島の檻』もリリースしています。
これは当時リアルタイムで買いましたが、特殊漫画根本敬の描いたジャケットがあまりに強烈でした。悪趣味過ぎて逆に面白い感じでしたよ。
ナゴムレコードはどういう伝手があったのか、ばちかぶりのシングル『ばちかぶり』は蛭子能収が、筋肉少女帯の『高木ブー伝説』は上條淳士がジャケットを描いてましたね。どっちも持ってますがなかなか強烈です。
あとこの時期に大槻は、「もしかしたら空手バカボンならメジャーデビューできるんじゃないか」と思って、CBSソニーオーディションに応募したりもしたそうですね。結果はテープ審査で落っこちたらしいですが(笑)


空手バカボン - 福耳の子供


『孤島の檻』収録曲。都市伝説をテーマにした曲らしいですね。
これはフジテレビの深夜番組『冗談画報』の映像です。当時僕も観ましたよ。空手バカボンが地上波に出たのはこれが最初で最後なんじゃないでしょうか。
ヨーデルのコントは懐かしいですね。「ゲット、ゲット、ゲット・ザ・グローリー」はちょっと笑った。
この曲は後に筋肉少女帯でも演奏されています。筋少バージョンは後にアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイと関わってもいるのですが、それについてはまた別の機会にでも。


そして88年には、ついにアルバム『バカボンの頭脳改革−残酷お子供地獄−』をリリースします。
タイトルは言わずと知れたエマーソン・レイク&パーマーの名作『恐怖の頭脳改革』のパロディですね。他にも彼らはこのアルバムで、あろうことかあのキング・クリムゾンの『Starless』に、「バカボーン、空手バーカボーン、こんにちはー」というものすごい歌詞をつけて歌っています。
著作権にうるさいことで有名なロバート・フリップ翁が知ったら、発狂するんじゃないかと思うくらいの暴挙ですが、結局それがネックになったのか、この曲(『バカボンと戦慄−starless & バカボンblack 』)は05年リリースの空手バカボンのベスト盤には収録されていません。
ちなみにこの頃大槻は、名前を大槻KENZIに変えています。これは当時人気のあったパンクバンドKENZI & THE TRIPSから取ったもので、その後しばらくして現在の大槻ケンヂに改名した記憶が。
ジャケットの可愛らしいイラストは、桜沢エリカが描いてましたっけ。前作の根本敬とは落差があり過ぎて焦りましたが。


空手バカボン - 日本の米


バカボンの頭脳改革−残酷お子供地獄−』収録曲。
空手バカボンの中で一番分かりやすいメロディーだと思いますが、ブラックな寸劇を含め内容はひたすらバカバカしくて、逆に素晴らしいですね。
この曲も後に筋肉少女帯で演奏しています。こちらのバージョンはジェットフィンガーこと横関敦のギターソロがカッコよくて、それはそれでよい出来です。


空手バカボン - 家族の肖像


これも『バカボンの頭脳改革−残酷お子供地獄−』収録曲。
最初はひたすら『サザエさん』のキャラクター名を絶叫しているだけですが、後半は強烈に悪意がこもった歌詞になっており、死んだ長谷川町子が化けて出てくるんじゃないかと思わせる、なかなか酷い(褒めているつもり)内容になっております。
なおこの曲は大槻と内田が中学2年生の頃に作った曲で、彼らの初の共作だったとか。


空手バカボン - 来るべき世界


これも『バカボンの頭脳改革−残酷お子供地獄−』収録曲。
なんとYMOの『ライディーン』に、YMOゆかりのフレーズをつなぎ合わせた適当な歌詞を載せただけというすごい代物です。「テークーノー、テクノライディーン」とか安直過ぎて笑えます。
しかしこの曲も思いっきり著作権を無視しているため、前述のベスト盤には入っていないようですね。まあそりゃそうか。
そう言えば今年になってあのE-girlsが『ライディーン』をカバーしたんですが、それを聞いたらこの曲を思い出してしまって笑いが止まらなくなりましたね。
個人的にはおねーちゃんがいっぱい出てくるE-girlsのPVを観ながら、空手バカボンのバージョンを聴くのが一番楽しいと思うのですが。


空手バカボン - 労働者M


これも『バカボンの頭脳改革−残酷お子供地獄−』収録曲。
ちょっとインダストリアル風なトラックに載せて歌われる、「死んじゃったならただの肉、死んじゃったならただの肉、死んじゃったならただの肉、生きていてもただの肉だ」「働け、働け、働け、働け」という歌詞は、そこはかとなく哲学的な匂いがします。
実はこの曲は大槻と内田が中学生の頃に組んでいた、ドテチンズというバンドのレパートリーだったそうですね。中学生でこの歌詞って逆にすごいかも。
この曲は二人の共通の友人であった、前島くん(『労働者M』のMは前島のM)という人物をモデルにしたものだそうで、給食当番で一生懸命真面目に働く彼の姿がまるで労働者であったことから書かれたんだとか。あと「ダイアモンドはただの石」というのも、前島くんがよく歌っていたフレーズだそうで。
この曲も筋肉少女帯で演奏されています。


その後空手バカボンは、有頂天と筋肉少女帯がそれぞれメジャーデビューしたこともあり、ほとんど表舞台には出なくなりましたが、別に解散したわけではなく、時々思い出したようにライブを行っています。
最近では2010年のケラと緒川たまきの結婚パーティーに登場し、『労働者M』を歌ったり、その翌月にケラリーノ・サンドロヴィッチ主催ライブにシークレット・ゲストとして登場したんだそうで。
また今回初めて知ったんですが、彼らの曲のほとんどは今はiTunesでも買えるんですね。なんつーか良い時代になったなと思います。