オルタード・イメージ

どうもです。皆様お元気でしょうか。
自分は療養期間がまた延びることになってしまいました。どうもいまいち状態が安定しないものでして。
まあこれは焦らずじっくり病気を治せ、というメッセージだと思うので、きちんとそれに服そうと思うのですが、やはり気分的には落ち込みますね。
その反動でしばらく更新内容は、めっちゃ明るいポップス系になると思います。なんかあまりシリアスなものについて書くと、さらに落ち込んでしまいそうなので。
取り上げるバンドがバカっぽ過ぎると思われる方も多いかと思いますが、こういう事情ですので御理解頂ければ何よりです。


今回はバカっぽいバンドということで、オルタード・イメージを取り上げてみようかと思います。
オルタード・イメージを覚えている人はいるでしょうか。80年代初頭に突然登場して、一時話題になったけどすぐ消えた、みたいな印象のバンドです。
女性ヴォーカルのクレア・グローガンのコケティッシュな魅力を前面に押し出していて、どっちかというとアイドル売りをされていた記憶がありますね。
個人的には外国人女性の魅力というものがあまり分からない人なので、特にアイドル的な興味は持ってなかったんですけど、曲は覚えやすかったのでテープに入れて聴いてました。
渋谷陽一や元YMO高橋幸宏あたりは、オルタード・イメージを気に入っていたみたいです。だいたい自分が初めてこれを聴いたのが渋谷のラジオ番組ですし、ロッキング・オン誌でも好意的な評価をしていた記憶がありますし。
高橋幸宏もラジオで「僕、クレアちゃん大好きなんだよね」みたいなことを言ってましたっけ。それを聞いてあのYMOの人がアイドルにハマるんだと、ちょっと驚いたのは自分が若かったからなんでしょうね。


オルタード・イメージは80年に、スコットランドグラスゴーで結成されたバンドです。
ヴォーカルのクレアはもともとスージー&ザ・バンシーズの追っかけをしていた、れっきとしたパンク少女でありました。そして好きが高じてバンドを結成したらしいです。
そのため最初はバンシーズ直系のゴシックっぽい音を出していたらしいのですが、いくら好きだとはいっても彼女の童顔でキュートなルックスと可愛らしい声では、パンクやゴシックを演るのはかなり無理があったわけで、その後ポップな路線に進んでいったのは必然だったのでしょう。
バンドは順調に活動を続け、憧れのスージー&ザ・バンシーズのカレイドスコープ・ツアーのスコットランド公演で前座を務め、その後全英ツアーにも同行して人気を博しました。
そしてその時有名なDJのジョン・ピールに見出され、その引きで81年にメジャーのエピックと契約し、シングル『Dead Pop Star』でデビューを果たすのです。
エピックがクレアのキュートでコケティッシュな魅力を強調したプロモーションを大々的に行った結果、その年の9月にリリースした3rdシングル『Happy Birthday』が大ヒットし、バンドはNME誌のブライテスト・ホープ(最優秀新人)部門の1位も獲得。こうしてクレアはいきなり若者たちのアイドルになったのでした。


Altered Images - Happy Birthday


彼女たちの出世曲。全英2位を記録しています。
いかにもニューウェーブっぽい軽さを持ったポップチューンですね。当時の空気が感じられます。
この曲を他のニューウェーブと分ける最大のポイントは、クレアのロリータ・ヴォイス(と言うか一種の奇声)でしょうか。
歌は決して上手くはないのですが、ちょっと舌足らずな感じと、独特の調子っ外れっぷりがなかなかいい感じで、意外に癖になる魅力がありますね。
バックのいかにもUKインディーズっぽいというか、有体に言ってしまえば下手くそな演奏も、ノリはいいのでそんなに気にはなりませんし、むしろ今聴くとなかなか味があるんじゃないかと思います。
ちなみにこの曲のプロデュースはバズコックスなどを手がけたマーティン・ラシェントですが、1stアルバム『Happy Birthday』の他の曲は、スージー&ザ・バンシーズのベーシストであるスティーヴ・セヴェリンのプロデュースです。
そのせいかアルバムには何曲かネオ・サイケっぽい曲も入っていまして、ちょっと普通のポップ・バンドとは違う不思議な出来になっています。


Altered Images - I Could Be Happy


2ndアルバム『Pinky Blue』からのシングル。全英7位。
このアルバムはマーティン・ラシェントの全面プロデュースなので、大ヒットシングル『Happy Birthday』の延長線上の路線です。
ただこの曲は当時英国で流行していたエレポップっぽい要素も取り入れられていて、新機軸を模索する努力は感じられますね。


Altered Images - Don't Talk To Me About Love


3rdアルバム『Bite』(邦題は『モノクロ・ムービー』)からのシングル。全英7位。邦題は『恋のモノローグ』。
バンドはアメリカ進出を狙い、プロデューサーにトニー・ヴィスコンティとマイク・チャップマンという、確かに大物なんだけどよく考えてみると意味不明な組み合わせのコンビを迎え、メンバーチェンジもして大幅に大人向けに舵を切った一作です。
この曲は今までの路線を封印、過剰なロリっぽさを抑えアダルトな雰囲気を出しています。メロディーも哀愁があって、あのオルタード・イメージという先入観を抜きにすれば、なかなかいい曲だと思います。
『Bite』は内容的にも評価が高く、単なるお子様向けアイドルバンドではないということを示した一枚となりましたが、肝心のアメリカ市場では玉砕しています。


思ったほどのセールスを挙げられなかったためか、バンドはこの年の末にはあっさり解散してしまいました。
解散があまりにもあっという間だったせいで、余計に一発屋的なイメージがついてしまったんですが、それはいろいろ事情があったんでしょうから仕方ないですね。
その後クレアはテレビ女優などをしながらも、87年にソロで再デビューし、シングル『Love Bomb』を発表するものの見事にコケて、メジャーからドロップアウトしてしまいました。
96年にはローザ・モッタなるバンドで、あのミュート・レコード傘下のレーベルからアルバムもリリースするんですが、直後に解散してしまうなど音楽活動は茨の道だったようです。
ただクレア自身はバンドのメンバーだったステファン・リオニと結婚し、幸せな生活を送っているようなので、そこはまあ良かったのかなと。
バンドも02年に、懐かしのスター共演的な色合いのツアーに参加するため一時的に再結成し、その後も何度かライブを行っているようです。
またメンバーのうち、クレアの夫となったリオニは、ハンソンやブラック・グレープなどのプロデュースで活躍し、またベースのジョニー・マッケルホンはネオアコのヒップスウェイに加入しています。