ニック・ケイブ

前回ちょっと名前を出したので、今回はニック・ケイブです。
フィータスからニック・ケイブとか、どんどんアングラな方向に向かっている気がしますけど、そのうち元に戻ると思うんで気にしないことにします。


この人もフィータスと同じくオーストラリア出身で、地元で活動したあと80年代初め頃に仲間とともに渡英し、パースデイ・パーティというバンドでデビューしています。
このバンドの音も昔聴いたことがありますが、なんつーかゴリラが演奏しているロック、みたいな印象を受けましたっけ。ゴリラっぽいという印象の原因は主にニックのヴォーカルでしたね。なんかよくわからないけどとにかく吠えてましたから。
バースディ・パーティは83年頃自然消滅し、ニックはバースデイ・パーティの同僚ミック・ハーヴェイ、元マガジンのバリー・アダムソン、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンブリクサ・バーゲルド(この人はパーマネント・メンバーではないけど)らと、ニック・ケイブ&ザ・バッド・シーズを結成し、ソロ活動に乗り出します。


Nick Cave & The Bad Seeds - From Her To Eternity


84年にリリースされた1stアルバム『From Her To Eternity』のタイトルナンバー。
前もってある程度重いんだろうなという予想はしてましたけど、聴いたらさすがに何だこれはと思いましたね。
音数が少なく重苦しいミドル・テンポの演奏、暗黒の世界を展開する寓意的な歌詞、どす黒いブルース感を前面に押し出した唯一無比の存在感を持つヴォーカルと、インパクトを受ける材料が揃ってましたから。
決して聴き易い音楽ではなく、また好んで聴きたくなるときもあんまりないだろうな、とは思ったんですが、それでもそのシリアス過ぎる音世界は十分僕を惹き付けました。
この曲はヴィム・ヴェンダース監督の映画『Der Himmel Ueber Berlin』(邦題は『ベルリン・天使の詩』)の中でも、ニックがバッド・シーズを率いて出演し、披露されていましたっけ。


ただニックのこのどす黒い存在感は、彼の苦悩と引き換えに得られていたものだったようで、作品をリリースするに従ってその暗黒度合いは増していきましたが、それと比例するように彼自身はドラッグ依存に悩まされ、次第に追い詰められていくようになりました。
その後薬物所持で逮捕されたり、リハビリ施設に収容されたりするなどの混乱を経て、彼はロンドンとベルリンの往復生活をやめてブラジルに移住し、そこで新しい音楽を模索するようになったのです。


Nick Cave - The Ship Song


90年にリリースされたアルバム『The Good Son』に収録されていた曲。
『From Her To Eternity』と同じ人が歌っているとはとても信じられないような、ピアノ演奏のみをバックに歌われる美しいバラードですね。
聴いていて思わずほっとするような開放感と、ロマンティシズムに溢れた曲で、精神的にギリギリのところに立った人間というのは、結局こういう世界に行き着くんだなということがはっきりと納得できます。


その後ニックは欧州に戻りますが、ブラジルでの生活は彼の精神に安らぎを与えたようで、以降の作品からは苦悩を前面に押し出すような鬼気迫る感じは薄れていきました。
なにしろカイリー・ミノーグとデュエットとかしちゃってますからね。かつての彼からは考えられない展開です。


Nick Cave & Kylie Minogue - Where The Wild Roses Grow


この曲は96年にリリースされたアルバム『Murder Ballads』に収録されたシングルです。英国で11位という、彼としては最大のヒットを記録しています。
とにかくカイリー・ミノーグが関わっているにしては、やたらとシリアスな感じの曲ですね。荘厳さまで漂ってくる感じです。
シェークスピアのオフィーリアからヒントを得たというPVは、ゴシックなトーンで彩られていて美しい映像に仕上がっています。カイリーは8割が死体の役ですけど(笑)
ただニックとの共演は、イメージ・チェンジ模索中のカイリーにとっては願ったりかなったりだったらしく、このあたりからただの可愛いポップシンガーではない、という評価がついてくるようになります。
そういう意味では彼女にとっては転機となった曲かもしれません。そしてニックはかつてからカイリーのファンを公言してましたから、とても喜んだことでしょう。


Nick Cave & P.J Harvey - Henry Lee


こちらはP.J.ハーヴェイとのデュエット曲。やはり『Murder Ballads』収録曲です。
当時二人の間では関係があったということらしく、そのせいかカイリーとのデュエットに比べると濃厚な感じに仕上がっている感じがします。
PVも美しく作り込んだカイリーとの曲に比べると、シンプルでその分生々しい感じがしますね。だいたいP.J.ハーヴェイ自体が生々しさの権化みたいな人ですし。
ちなみにアルバム『Murder Ballads』はタイトルで分かるように殺人をテーマにしており、この曲も愛憎の末に恋人を殺すというスコットランド民謡がモチーフになっています。


ニックは多才な人物で、音楽の他に作家、脚本家、画家、俳優までこなし、現在もマルチに活動しているようです。
僕個人としては、98年のフジロックで見たのが印象深いですね。他のステージとの兼ね合いもあって全部は観られなかったのですが、『From Her To Eternity』はちゃんと観ました。相変らずすごい迫力でした。
しかしこの来日の際、彼は楽屋を破壊して、数百万円の賠償金を払わされたというおまけがついていたりもするのですけど。