シド・ヴィシャス

セックス・ピストルズの元メンバーで、若くして亡くなることによって、ある意味でロンドン・パンクの象徴となったのがシド・ヴィシャスです。
彼は音楽というよりその鮮烈な生き様で、パンクの凝縮されたイメージを体現するアイコンとして生命を得ることになりました。


彼はジョン・ライドンのアート・スクールでの同級生で、ジョンがピストルズに加入後はその親衛隊となり、スージー・スーらとともにギグで大暴れするようになります。
その当時スージーのバンド、スージー&ザ・バンシーズにドラマーとして在籍したこともありますが、実際にドラムが叩けたかどうかは不明です(叩いている映像があるという話だけど未見)。
あとポゴ・ダンス*1創始者がシドだという話もよく聞きますが、真偽のほどは定かではありません。これもパンク黎明期における伝説の一つかもしれません。


その後シドは、グレン・マトロックの後釜としてピストルズに加入しますが、それまでベースに触ったことすらなく、録音でのベースは全てギターのスティーブ・ジョーンズが担当していました(一部脱退したグレンも弾いている)。
一応彼がライブでベースを弾いている音源はいくつか残っていますが、それは素人の域を出るものではなく、それよりも多くの時間を客席に降りていって客と喧嘩することに費やしていたりしました。
しかしベースを股下まで下げて持ち、裸の上半身にカミソリで「FUCK」と刻んで、鼻血を流しながらステージで暴れる姿は、確かに「これこそパンク」という感じでカッコよかったのですが。


その後ピストルズはあっという間に空中分解、シドは彼をロックスターに仕立てようとしたプロデューサーのマルコム・マクラーレンに乗せられ、フランク・シナトラの『My Way』やエディ・コクランの『Something Else』などのパンクバージョンを収録したソロアルバム『Sid Sings』を発表します。


Sid Vicious - My Way


これがフランク・シナトラの『My Way』の替え歌バージョンですが、とりあえずご機嫌に歌っているのだけはよくわかります。
ちなみにバックは元ニューヨーク・ドールズのジェリー・ノーランとアーサー・キラー・ケインや、ダムドのラット・スキャビーズ、ロンドン・カウボーイズのスティーブ・ディオール、元ピストルズのグレン・マトロックらが担当していました。


その後彼はジョニー・サンダーズとの新グループ結成に動いたり、グレンやラットのバンド、ザ・ヴィシャス・ホワイト・キッズでロンドンで一晩だけギグをやったり、ジェリーとニューヨークでライヴをやったりといった活動をおこなっていますが、これといった成果を収めることはできませんでした。
そのときのライヴ音源は先に挙げた『Sid Sings』などのアルバムで発表されていますが、ルーズなロックンロールを気持ちよさそうに歌う姿はなかなか楽しそうです。
まあ、それ以上でも、それ以下でもないのですが。


しかしこのころにはシドは重度のドラッグ中毒に侵されていました。
ロックスターであることへのプレッシャーや、気弱で自虐的な性格のためヘロインに溺れ、身も心もボロボロになり朽ちていったのです。
映画『D.O.A.』では、ヘロインをキメまくり廃人のようになった姿でのインタヴュー・シーンが収録されていて、後にそれを見た僕は大きなショックを受けましたっけ。
そして78年10月には彼にヘロインを教えた張本人でもある、恋人のナンシー・スパンゲンを刺殺。保釈後も自殺未遂を起こしたり、パティ・スミスの弟をビール瓶で殴るなどの騒ぎを起こした末、3ヵ月後には麻薬の過剰摂取により死亡しました。
ナンシーの両親は二人を同じ墓に入れることを許さず、シドの遺族にナンシーのお墓の位置すら教えなかったということです。
その後、シドの母親がナンシーのお墓の位置を探し出し、密かにそこへシドの遺灰を運んだとも言われています。


この顛末は、いかにもジャンキーの典型的な末路であるとはいえ、あまりにも悲惨で暗い気分になります。
カリスマとして伝説にこそなりましたが、実情に迫れば迫るほどあまりにもその人生は虚無的で、むしろ何の意味もない存在だったと言い切れるかもしれません。
でもシド・ヴィシャスには、白のプレシジョン・ベースがよく似合ってました。
それだけは確かです。


シド・アンド・ナンシー [DVD]

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アレックス・コックス監督のこの映画は、シドとナンシーを題材としたものです。
彼はシドの生き様を「悪徳の人」ではなく「無垢の人」として描き、シドとその彼女ナンシーの物語を、どこまでも純粋な「愛の物語」として描きました。
個人的な感想としては、これは愛の物語というよりは、大人になりきれない弱い人間の物語だと思うのですが、その儚さと無軌道ぶりに、滅びに通じる美しさを感じましたね。
このへんはリアルタイムで彼らを見ていた者の感傷なのかもしれませんけど。

*1:ぴょんぴょんと真上に飛び上がる動きを繰り返すダンス。パンクの演奏者や観客が行うのがよく知られる。