マリリン

今回はちょっと毛色の変わったシンガーの話をひとつ。
カルチャー・クラブというグループがあったのは皆さんご存知でしょう。80年代中盤に世界的な大ヒットを連発し、一世を風靡した人たちです。
そこのヴォーカリストであったボーイ・ジョージは、女装家でゲイでゴツくて顔がでかい(これは関係ないか)せいもあってか、様々なスキャンダラスな話題を振りまいていました。
その中でも最もすごかったのは、「ボーイ・ジョージの恋人」という触れ込みでデビューした男性シンガーがいたことですね。その人こそ今回取り上げるマリリンです。


マリリンは本名をピーター・ロビンソンといい、1962年にジャマイカキングストンで生まれました。
両親が離婚したため、3歳の頃母に連れられて英国に移住したのですが、学校に通うようになると、その女性的な容貌や所作のせいで「オカマ」と罵られいじめられ続け、それを苦にして神経を病み自宅に引き篭もってしまいます。
これでは自分がダメになる、と感じた彼は家を出、ロンドンのナイトクラブに通うようになりました。おりしもニュー・ロマンティックが流行っていた時期だったこともあって、彼の女性的な容貌は評判を呼び、気をよくした彼は化粧を覚え美しく着飾り、ついにはマリリン・モンローそっくりの女装で夜のロンドンを闊歩する、クラブ界の有名人となりました。今で言うドラァグ・クイーンのはしりみたいなものでしょうか。
この頃彼はボーイ・ジョージや、のちにヴィサージを結成するスティーブ・ストレンジらと知り合い、あちこちのクラブに出没しました。特にジョージとは意気投合し、共同生活をしていた時期もあったそうです。
その後すぐにストレンジやジョージは自らのグループを結成し、名声を得るようになりましたが、マリリンもハイジ・ファンテイジーのポール・カプリンの目に留まってデモ・テープを製作し、それが認められてデビューすることになりました。


Marilyn - Calling Your Name


これがそのデビュー曲。83年にリリースされ、全英4位、ビルボードでも12位の大ヒットになりました。
この曲はマリリン自身とカプリンの共作で、デフ・スクールのクライブ・ランガーやアラン・ウィンスタンレーがプロデュースしています。
ヒットした理由は音楽とか以前の問題で、とにかくデビュー時に「ボーイ・ジョージの恋人」というスキャンダラスな惹句とともに登場したことが大きかったでしょう。
僕は当時そのせいもあって、どうしても色眼鏡を外すことができませんでしたね。今改めて聴いてみると深みこそないですけど、プロの仕事が施されているなかなかグラマラスなポップ・チューンなんですが。


このへんまでの彼は絶好調でした。何しろあのバンド・エイドの『Do They Know It's Christmas?』にも、ジョージの引きなのかどうなのか分かりませんが、とにかく参加して後ろのほうに映っているくらいでしたから。
しかしスキャンダラスな登場をしたものほど飽きられるのも早いわけで、彼もその例に漏れませんでした。もともと「ボーイ・ジョージの人気に乗じてデビューしたゲテモノの一発屋」と世間に看做されていたのですから、なおさらでしょう。
2ndシングルの『Cry And Be Free』は31位、次の『You Don't Love Me』は40位、その次の『Baby U Left Me』は70位と順調に売り上げを減らしていった彼は、相変らずジョージとの関係でのみゴシップ・ジャーナリズムを賑わす存在に堕していきました。その間にジョージとは仲違いをしています。
これではいかんと思ったのか、85年に彼は起死回生を狙ってか、1stアルバム『Despite Straight Lines』(邦題は『ネオ・ロマン』)をリリースします。これに彼は賭けていたようで、トレードマークであったブロンドのドレッドヘアを切り落とすなど、大胆なイメージチェンジも同時に図っています。
このアルバムは10曲中8曲が完全なマリリンの自作曲で、プロデューサーには大御所ドン・ウォズを迎え、しかも内容的にも決して悪くなかったという、彼の意外な音楽的な才能を示すものとなっていましたが、スキャンダルで脚光を浴びて表舞台に出てきた人が旬を逃したのはさすがに厳しかったようで、商業的には思いっきり失敗しました。
翌86年、マリリンはジョージの兄ケヴィン・オダウドとともにヘロインの不法所持で逮捕され、ほどなく所属レコード会社のフォノグラムからも解雇されてしまいます。


その後マリリンは米国に渡り、89年にはイタリアのレーベルから再起を賭けてシングルを発売しますがこれも失敗、結局音楽活動以外の仕事に従事することを余儀なくされました。
結局彼がイギリスに戻ってきたのは、今世紀に入ってから。02年には仲違いしていたジョージとの共同プロデュースで、シングルもリリースしています。
しかし彼は薬物中毒とアルコール依存症、そして対人恐怖症を抱えていて、現在は病院で治療を受けているそうです。深夜番組にゲストで出た際も、不健康そうに太ったうえ、額の後退した長髪にごま塩混じりのヒゲ面という容貌に様変わりしており、おまけに目の焦点が合っておらず舌ももつれるなど、かなり悲惨な状態だったそうです。
また最近はブッシュのフロントマン、ギャヴィン・ロスデイル(ノー・ダウトのグウェン・ステファニーの旦那ですね)と昔関係があったことを暴露する(ロスデイルは最初否定していたが、結局一度限りの関係があったことを認めている)など、スキャンダルで食っていこうとする姿勢も相変らずのようです。
まあこの人の場合、ショービズ界以外で生きていけるとはとても思えないですからね。これからもプライベートを切り売りして生き残りを図るのでしょう。それもまた人生。