ゲイリー・ニューマン

前回ネタにしたジョン・フォックスに強い影響を受け、なおかつ商業的に成功したミュージシャンにゲイリー・ニューマンがいます。
現在の日本ではすっかり忘れられていて、日本版ウィキペディアにも項目はあるものの2行しか記載がない、という体たらくなんですが、当時は売れに売れまくっていて、新時代の寵児のような扱いを受けていました。来日して武道館公演もしましたっけ。
今回はそんな彼の全盛期を取り上げてみましょう。


ゲイリー・ニューマンは本名ゲイリー・ウェブ。58年にロンドンで生まれています。
彼はウルトラヴォックスやクラフトワークなどに影響を受け、77年にチューブウェイ・アーミーというバンドを結成、翌年ベガーズ・バンケットからシングルを出してデビューし、同年には限定5千枚のアルバム『Tubeway Army』をリリースしています。


Tubeway Army - Listen to the Sirens


この曲は『Tubeway Army』のオープニングを飾った曲です。
のちにニューマンが売れたためにこのアルバムも再発され、友人がそれを買ったので聴かせてもらった記憶がありますね。


この頃のサウンドはシンセを多用したパンクという趣で、はっきり言ってジョン・フォックス時代のウルトラヴォックスそっくりだったんですが、売れ行きまで似てしまったのかさっぱり売れず、バンドは解散状態になってしまいました。
しかし翌79年、めげずにチューブウェイ・アーミー名義(実質的にはニューマンのソロ状態でしたが)でリリースしたシングル、『Are Friends Electric?』が全英1位を記録する大ヒットとなり、続いてリリースした2ndアルバム『Replicas』(邦題は『幻想アンドロイド』)も全英1位を記録、一躍テクノポップニューウェーブシーンの中心に躍り出ることとなりました。
ブレイク後のチューブウェイ・アーミーの音は、それまでのパンク的なアプローチが一掃され、ジャストなシーケンス・ビートとエッジの立ったシャープな切れ味のシンセが導入されていて、なかなかインパクトのあるものでした。
また他者との関係が大きな軋轢をもたらすこと、現代人が機械と交接した存在であることをテーマにした歌詞と、内向的なアンドロイドというニューマンのパブリック・イメージの構築の徹底ぶりが、当時の英国の社会的閉塞感にマッチしたというのも、ウケた原因ではないかと思います。


Tubeway Army - Are Friends Electric?


彼の出世作となった一曲。全英1位。
淡々とした無機質な雰囲気のサウンドと、ニューマンの爬虫類を思わせるような、それでいて無表情なヴォーカルが魅力です。


Tubeway Army - Down in the Park


『Replicas』に収録されていた、彼の代表曲のひとつ。
本来は美しさすら感じるような曲なんですが、遠隔操作で動く椅子みたいな自動車に座って歌うライブは、けれん味溢れる豪華演出でインパクトがあります。
またマリリン・マンソンもこの曲をカバーしています。


Tubeway Army - Me! I Disconnect From You


これも『Replicas』収録曲。邦題は『断ち切られた絆』。
キャッチーな音と、コミュニケーションの断絶をテーマにした歌詞が好きで、よく聴いてました。


前作から間をほとんど置かず、彼は同年にソロ名義で『The Pleasure Principle』(邦題は『エレクトリック・ショック』)をリリースします。
この作品は前作のサウンドをさらに深化、徹底させたニューマンの代表作で、英国ではチャートの1位を記録するなどの大成功を収めています。


Gary Numan - Cars


彼の代表曲。英国で1位を獲得したほか、ビルボードでも翌80年に9位を記録するヒットになっています。
メロディーは単調で抑揚のない感じなんですが、もわっとしたシンセサイザーと時おり入る破裂音のようなリズムが印象的です。
自分は詳しくないのでよく知らないのですが、ヒップホップの有名曲の元ネタにもなったらしいですね。


Gary Numan - Complex


『The Pleasure Principle』からのシングル。全英6位。
ニューマンはエリック・サティが好きなんだそうですが(実際『Gymnopedies』もカバーしている)、その趣味が端々に窺える曲です。


Gary Numan - We Are Glass


80年リリースの2ndソロアルバム『Telekon』からのシングル。邦題は『ガラスのヒーロー』。全英5位。
サウンドの大きな変化はありませんが、よりメロディーがポップになったようには思えます。


Gary Numan - I Die You Die


これも『Telekon』からのシングル。全英6位。
ライトなドラムとベースのリズムに、ソリッドなギターが絡みながらシンセが彩りを加えていくロック・チューンですね。
余談ですが当時読んでいた雑誌で、ザ・クラッシュのインタビュー中にこの曲が流れてきて、ジョー・ストラマーが嫌悪の表情を見せつつニューマンの悪口を言ったことが描写されていました。確かにザ・クラッシュとニューマンは、立ち位置から何から水と油でしょうから無理もないのかもしれませんが。


これまで短いインターバルで作品を発表したため、少しリラックスした時間が欲しくなったのか、ニューマンは81年に一時活動停止宣言をします。
そして飛行機の操縦ライセンスを取得し、自家用飛行機で世界一周を計画しますが、途中エンジン・トラブルでインドに不時着し、一時身柄を拘束されるという事件も起こしています。


帰国後彼はそれまでのイメージからの脱却を図ったのか、ダンス・ミュージックに接近します。
そして81年にはジャパンのミック・カーンと組んで、『Dance』というそのまんまなタイトルのアルバムもリリースしました。
このアルバムはカーンの他に、クイーンのロジャー・テイラーや当時ジャパンを脱退したばかりのロブ・ディーンも参加していて、今までのニューマンの作品とはかなり違った趣になっています。


Gary Numan - She's Got Claws


『Dance』からのシングル。全英6位。
これまでのニューマンのイメージのまま聴くとひっくり返りそうになるような、ファンキーでダンサブルな曲です。


ここでテクノポップに代わる新境地を開拓した彼ですが、この頃から日本ではまったく人気がなくなり、ほとんど名前を聞かなくなりました。
そのためこれ以降の彼の活動は全然知らなかったのですが、調べてみたところ本国では自身のレーベルを設立し、07年までコンスタントにナショナルチャートにランクインするなど、息の長い活動を続けているようで安心しました。
また後進のミュージシャンから評価される機会も増え、先に書いたようにヒップホップのネタに取り入れられたり、ナイン・インチ・ネイルズと共演したりしています。


Nine Inch Nails with Gary Numan - Cars


これは09年のナイン・インチ・ネイルズのライブにニューマンが参加し、名曲『Cars』を熱唱している映像です。
全盛期とは違い、エネルギッシュなステージ・アクションを見せているのが面白いですが、これはトレント・レズナーの真似をしているのでしょうか。


彼のことをジョン・フォックスの亜流のように言う人も多いのですが、定型と呼べるものがなかったテクノポップサウンドの典型的なスタイルを作り出し、しかもヒットさせた功績は大きいでしょう。
無機的なものへの偏愛を表明することが市民権を得たり、内に籠りがちな人々が増加している現代だからこそ、改めて評価されるべきではないのかと思っています。