デヴィッド・シルヴィアン&坂本龍一

年度末で仕事が忙しかったりアイドルの握手会に行ったり体調を崩したりしていたら、結構間が空いてしまいました。
言い訳がましくなりますが、実は僕はあまり体が丈夫じゃなくて、この時期はいつも具合が悪く活動が停滞します。というわけでしばらくは書いたり書かなかったり、書いても短かったりするかもしれませんが、そういう時は「ああ、あいつは病気なんだな」と思って大目に見て頂けると幸いです。


というわけでさっそく本題です。前々回のコメレスで『戦場のメリークリスマス』(略して戦メリ)の話が出てきました。
戦メリというのは83年に公開された大島渚監督の大作映画です。ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』を原作として、異なる文化や立場に拠る人間同士の相克と理解を描いています。
と言っても、僕が最初にこの映画を観たときには、あまりの難解さにほとんど内容が理解できず、単に「豪華キャストでお送りするゲイ風味の怪作」としか思いませんでしたけどね。歳を取ってから改めて観て、さすがにテーマは理解しましたが、やっぱり難解という感想は変わらなかったです。
観た人もほとんどがそう思ったのか、日本ではデヴィッド・ボウイ坂本龍一ビートたけしというキャスティングばかりが話題になっていて、内容のほうはほとんど語られなかった記憶がありますね。
ただ正直な話『地球に落ちてきた男』など様々な映画に出演経験のあるボウイはとにかく、坂本やたけしの演技はまるっきり素人でしたけど。特に坂本の滑舌の悪さは爆笑ものでした。たけしはラストシーンが良かったのでちょっと評価は変わりますが。


まあそれはそれとして、今現在この映画関係で最も人々の記憶に残っているのが、メインテーマである『Merry Christmas Mr.Lawrence』でしょう。
坂本の作曲、演奏によるこの曲は、シンプルだけど印象的なメロディーと東洋の雰囲気を醸し出す美しいサウンドのせいもあって、彼の全楽曲の中でも屈指の知名度を誇っており、その後も何度も編成やアレンジを変えて演奏されています。
そのいくつかのバリエーションの中にはヴォーカル・ヴァージョンもあります。それが坂本とジャパンのヴォーカリストデヴィッド・シルヴィアンとの共作曲、『Forbidden Colours』(邦題は『禁じられた色彩』)です。結構有名なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。


David Sylvian & Ryuichi Sakamoto - Forbidden Colours


83年にはシングルカットされ、英国で16位を記録しています。
この曲はもともと映画のエンドロールで流す予定で作られたものだったようですが、何らかの事情で映画では使用されることなく、サントラのみに収録されることになったという話です。
サウンド的にはかなりオーケストラっぽい、クラシックなアレンジが施されていますが、これは当時坂本が愛用していた、プロフェット5*1というアナログ・シンセで出している音なんだとか。
シルヴィアンによる歌詞は、三島由紀夫の男色小説『禁色』をモチーフにしたもの(Forbidden Coloursは『禁色』の英訳)で、自分は神の教えに従うべきか、それとも内心に忠実になるべきなのか葛藤する心が綴られています。
特に「僕の愛は禁じられた色彩を帯びる。僕はもう一度あなたを信じて生きよう」というフレーズは印象的です。「禁じられた色彩」が同性愛の暗喩であることを考えるとなおさらです。
また歌詞が深いだけでなくシルヴィアンのヴォーカルも素晴らしく、これらによって曲が新たな生命を吹き込まれていると思いますね。


シルヴィアンと坂本のコラボは、この他にも何度かあります。もともと坂本は『Life In Tokyo』のあたりからジャパンには注目していたそうですし、シルヴィアンはYMOの1stから聴き込んでいたというので、素地は十分にありましたから。
まずは80年にリリースされたジャパンの4thアルバム『Gentlemen Take Poraloids』(邦題は『孤独な影』)収録曲として、『Taking Islands In Africa』という曲が発表されています。これはシルヴィアン作詞、坂本作曲で、シンセ演奏にも坂本が参加しています。


Japan - Taking Island In Africa


ジャパンの音とは思えない明るい曲調が印象的なナンバーです。シルヴィアンの粘っこいヴォーカルも、ここではどことなく軽やかに聞こえますから。
全体的な印象は(ジャパン+YMO)÷2って感じなんですが、空間を活かしたリズムトラックの出来は、この時代に聴いても素晴らしいです。


『Forbidden Colours』の前年である82年には、二人でシングルも出しています。それが『Bamboo Music』です。


David Sylvian & Ryuichi Sakamoto - Bamboo Music


二人の共同名義で出した初作品で、全英では30位を記録しています。
ヨーロッパの人が見たアジアといった感じのエスニックなサウンドに、テクノが融合したような感じでしょうか。
シルヴィアンの実弟であるスティーブ・ジャンセンの、変則的だけど手数の多いテクニカルなドラムや、途中でガムラン風になるアレンジも心地よく、個人的にはなかなか好きな作品です。


その後ジャパンは解散し、シルヴィアンはソロになるのですが、そこでも坂本は協力しています。


David Sylvian - Red Guitar


84年にリリースされたシルヴィアンの初ソロアルバム『Brilliant Trees』からのシングル。全英では17位まで上昇しました。
間奏でのいかにも坂本らしいアンビエンスなピアノソロが、まるでガラス細工が砕け散るかのようなはかない美しさと、不思議な味わいを感じさせてくれます。
曲自体もシルヴィアン特有の内省的な情感がよく出ていて、今聴いても落ち着けますね。秋や冬がよく似合う音です。


その後も二人はコラボレーションを続けています。坂本が
「たしかにぼくの音と彼の声・唄との相性はいいと思います。双子の兄弟が大陸の東と西に別れてしまったんでしょうね」
なんてコメントしていたこともあるくらいですから、相思相愛の間柄なんでしょうね。
ただ二人でスタジオに入って一からアルバムを作り上げる、という形のコラボはほとんどないので、今後はそういう作品にも期待したいところです。

*1:シーケンシャル・サーキット社が開発したポリフォニック・シンセの名器。コンピューター・チップの導入で低価格化を実現したうえに、独自のフィルター回路を使った音の良さであっという間に普及した。また作った音色を保存していつでも呼び出すことができるメモリ機能は、ライブでの使用に重宝された。