カジノ・ミュージック

どうもです。今日は体調がいまいちなので簡単に。


かつてZEレコードというインディペンデント・レーベルがあったことを覚えている方はおられるでしょうか。
このレーベルはイラク系イギリス人で映画評論家のマイケル・ジルカと、フランス人で音楽ジャーナリストのミシェル・エステバンの二人が、ニューヨークで設立したものです。
商業的に大成功はしませんでしたが、ジェームス・チャンスやリジー・メルシエ・デクルー、ワズ・ノット・ワズ、スーサイド、キッド・クリオール・アンド・ザ・ココナッツ、ジョン・ケイル、リディア・ランチ、アート・リンゼイといった通好みのメンバーを揃えてマニアを唸らせ、また音楽業界に強い影響力を持っていました。
このレーベルは80年に日本にも進出を開始したんですが、その第一弾がリジー・メルシエ・デクルーと、今回取り上げるカジノ・ミュージックです。


カジノ・ミュージックはもともとハイスクール時代から友人だったジル・リベロール(ヴォーカル、ギター)とエリク・ウェバー(ベース)が、ジャン・ミシェル・ルメール(ドラムス)、アナトール・ムンディ(キーボード)を誘い、78年にフランスのパリで結成されました。
彼らはル・モンド誌で音楽評論をしていたアラン・ワイスのマネージメントで、78年にフランスで自主制作のシングル『Burger City』をリリースしてデビューを果たします。その後まだ新興レーベルだったZEと契約するのですが、これはZEの創設者の一人であるエステバンの兄ディディエが、メンバーと交流があったため実現したようですね。
そして彼らは79年にシングル『Faites Le Proton』をリリース、そのちょっと変わった個性で話題になるのです。


Casino Music - Faites Le Proton


これがそのシングル。
いかにもニューウェーブらしい、キッチュでインチキ臭い音がなかなかですね。
端々から感じられる何とも言えないスノビッシュな雰囲気が、へなへななサウンドと相まっていい感じを醸し出しています。


Casino Music - Amour Sauvage


『Faites Le Proton』のカップリング。
トーキング・ヘッズロキシー・ミュージックのエッセンスを加えて、そこにラテンフレーバーをまぶすとこんな感じの音になるんじゃないでしょうか。
フランスのバンドなのに無駄にトロピカルなところがあるのが変な感じなんですけど、その一方でところどころに冷ややかなファンキーさが見え隠れするところがあって、そのへんただのインチキではないと思います。


翌80年になると彼らは、ZEレーベルからデビューアルバム『Jungle Love』をリリースします。これが当時日本で発売されたものですね。
このアルバムは録音がニューヨーク、ミックスがバハマのナッソーにあるコンパスポイント・スタジオ(アイランド・レコードの社長クリス・ブラックウェルの持ち物で、ZEは当時基本的にアイランド・レコードがディストリビュートを担当していたため、その縁で使えたんだと思われます)で行われ、プロデューサーにはブロンディのクリス・ステイン、エンジニアには後にトム・トム・クラブのデビューアルバムのプロデュースも担当したスティーブン・スタンリーといった豪華なメンバーを揃えています。そのくせサウンドに別に気合が入っているわけでもなく、チープで胡散臭いのはさすがですが。
このアルバムは英語盤とフランス語盤があったそうなので、先のシングルはフランス語盤からの先行シングルなのかもしれません。


Casino Music - Do the Proton / Jungle Love


『Jungle Love』収録曲。メドレーだったわけではないのですが、2曲繋がった動画しか見つからなかったので。
この2曲は先にリリースした『Faites Le Proton』『Amour Sauvage』の英語バージョンですね早い話が。ヴォーカルを差し替えただけで他は特に変化ありません。
やはりフランス語のほうがエキゾチックかついかがわしい感じが強くなる気がするのですが、それはこちらがフランス語よりは英語に慣れているからなんでしょうか。


Casino Music - Vite et Bien / C'est Extraordinaire


『Jungle Love』収録曲。これも2曲繋がった動画しか見つかりませんでした。
どちらも薄っぺらい音のクールなニューウェーブ・ファンクといった感じですね。後者はホーンを導入してるんですけど、全然本格的な感じがしないのがさすがです。


Casino Music - Do You Feel Blue / St. Tropez / Burger City


『Jungle Love』収録曲。3曲繋がった動画です。
『Do You Feel Blue』はピアノの音が印象的なスノッブなファンク、『St. Tropez』はヨーロピアンな下世話さが光るニューウェーブって感じですね。『Burger City』は彼らのデビュー曲を再レコーディングしたものです。


『Jungle Love』はこの時代でなければ出せなかったであろう、紛い物感たっぷりのユニークなサウンドで、日本でも好事家の間で話題になりましたが、特に売れたりはしなかったようですね。
まあもともとレーベルの性質からしてヒットを出すとかって感じではなかったでしょうし、そもそも本人たちも売れるとは思ってなかったような気もしますが、とにかくその後日本では一切名前を聞かなくなってしまいました。
今回この記事を書くにあたって軽く調べてみたんですが、彼らは81年にはZEを離れ、WEA傘下のITレーベルからシングルをリリースしています。


Casino Music - The Beat Goes On


81年リリースのシングル。
実はソニー&シェールのカバーらしいのですが、ほとんど原曲の面影のないダークでポスト・パンク的な音になっています。トロピカルな胡散臭さが消えた感じがして個人的には残念ですが。


Casino Music - Go Go World


『The Beat Goes On』のカップリング。
こちらもポスト・パンク的な音ですが、妙にギクシャクした演奏とところどころに垣間見える能天気さが、なかなかいい感じになっているんじゃないでしょうか。


82年以降の彼らの活動は確認できませんでした。おそらく解散したものと思われます。
メンバーの消息もほとんどが不明なんですが、唯一リベロールだけはフランス国内でジャンボ・レイヤーなるバンドを率い、ミュージシャンとして活動しているようですね。フランス語が読めないので、サイトらしきものを発見してもちんぷんかんぷんなんですけど。
なお『Jungle Love』は10年に日本でPヴァインからCD化されています。リマスタリングされて音質が向上しているうえ、ITレーベルからのシングルやZE時代にリリースしたプロモシングル、そして当時日本では出なかったフランス語ヴァージョンも入っていて、なかなか豪華な内容になっていますね。そのぶん値段もちょっとお高いのですが。
それとZEレコードですが、82年にジルカと仲違いしてエステバンが離脱してしまいます。その後レーベルはジルカが単独で運営していましたが、彼は次第に音楽ビジネスから興味を失い、84年にはあっさりZEレコードを閉鎖してしまいました。一時は一世を風靡したものの、わずか6年という短命で終わったわけですね。
エステバンはレーベル離脱後も所属していたフランス系のミュージシャン(リジー・メルシエ・デクルーとかリオとか)とは交流を保っていたため、その関係で03年にフランスでZEレコードを再開させ、現在も新しいミュージシャンを発掘したりかつての旧譜を復刻したりといろいろ活動しています。その傍ら本人はブラジルに移り住み、そこで現代芸術のプロジェクトを進めているようです。
一方ジルカはもともと父親がベビー用品のチェーン店であるマザーケアのオーナーという富豪だったこともあり、現在は父の持つ石油会社の共同オーナーとして左団扇の生活をしているそうです。