ジョン・アンド・ヴァンゲリス

またまた前回の続きです。
ジョン・アンダーソン(ヴォーカル)とリック・ウェイクマン(キーボード)という中心メンバーに出て行かれたイエスが、バグルスのメンバーを引き込んでバンドを再編するものの、不評のためすぐに瓦解したというのは前に書きましたが、ならその頃抜けたアンダーソンは何をしていたのかというと、ギリシャ人のキーボード・プレイヤーであるヴァンゲリスと組んでいました。
ヴァンゲリスといえば日本でも大変知名度の高いミュージシャンですね。映画『Chariots of Fire』(邦題は『炎のランナー』)のテーマソングを世界中で大ヒットさせ、アカデミー賞のオリジナル作曲賞を受賞していますし、その他にもたくさんの映画音楽、スポーツ・イベントのテーマ曲などを手がけ、高い名声を獲得しています。日本でも『南極物語』のサウンドトラックをヒットさせていますし、個人的には『ブレードランナー』の音楽が印象に残っています。
そんなヴァンゲリスとアンダーソンは古くから親交が深く、共作で4枚のアルバムをリリースする他、何度もコラボレーションしています。今回はそれらを取り上げてみることにしましょう。


ヴァンゲリスギリシャ出身で、本名をエヴァンゲロス・オディセアス・パパサナスィウといいます(パパサナシュー、パパタナシュー表記もありますけど、ギリシャ語は難しくてどれが実際の発音に近いのか分かりません)。
彼は60年代初めからギリシャ国内でポップバンド、フォーミンクスを結成し、国内で数々のヒットを飛ばしましたが、68年のギリシャでの軍事クーデターを機に、国際的な活動をすることを企図し、仲間とともにギリシャを出て英国ロンドンに向かいます。
しかし彼らは英国での労働ビザを持っていなかったため、経由地であったフランスに強制送還され、やむを得ず当地でアフロディテス・チャイルドというバンドを結成すると、これが大当たり。『Rain and Tears』『I Want to Live』『Spring, Summer, Winter and Fall』などの大ヒットを飛ばすほか、名盤『666』も残しています。彼らについてもいつか書いてみたいですね。
71年にバンドが音楽観の相違によって解散すると、ヴァンゲリスはソロ活動を開始し、アルバム『Earth』をリリースする他、映画音楽等も手がけるようになるのですが、そこに目をつけたのがイエスでした。
74年に看板キーボード・プレイヤーだったリック・ウェイクマンが脱退(この人とアンダーソンは複数回イエスを抜けてます)したため、イエスはその代わりとしてヴァンゲリスに白羽の矢を立てたのでした。ウェイクマンのうねうねしたテクニカルなスタイルとヴァンゲリスの音色を生かした静的なスタイルは、まるっきりベクトルが正反対なようにも思えるのですが、イエスのメンバーが見込んだんですから僕が知らないだけでテクニックはすごいのでしょう。
この話はヴァンゲリス自身がイエスでの活動で自由度を制限されることを嫌ったこと、そして当時のイギリスは音楽業界のユニオンの力が非常に強く、外国人の参入を厳しく拒んだ(イギリスでは現在でも外国人が職を得るのは大変らしいですが)ということもあってあっさり頓挫。イエスは元ゾンビーズのリック・アージェントにも声をかけたもののこれも断られ、結局後任にパトリック・モラーツを迎えています(モラーツもスイス人ですが、以前から英国に在住していたため、ユニオン云々の問題はクリアできたようです)。
というわけでヴァンゲリスの加入は幻に終わったわけですが、これをきっかけに当時イエスのヴォーカルだったアンダーソンと交流ができ、翌75年にはヴァンゲリスのアルバム『Heaven And Hell』(邦題は『天国と地獄』)に、アンダーソンがゲスト・ヴォーカリストとして参加しています。


Vangelis - So Long Ago So Clear


これがアンダーソンが参加したヴァンゲリスの曲です。
幻想的なヴァンゲリスのトラックに、アンダーソンのハイトーン・ヴォーカルが絡んで、美しい世界を展開しています。
アンダーソンのヴォーカルは声量でぐいぐい押すタイプではないので、こういう癒しのシンセサウンドにはバッチリ合いますね。


その後76年のアンダーソンのソロアルバム『Olias of Sunhillow』(邦題は『サンヒローのオリアス』)にヴァンゲリスがキーボードで参加したり、79年のヴァンゲリスのアルバム『Opera Sauvage』(邦題は『野生』)でアンダーソンがハープを演奏したりと、二人は何度も共演して仲の良いところを見せていました。
そして79年にアンダーソンがイエスを脱退してフリーの身になったのをきっかけに、正式にジョン・アンド・ヴァンゲリスというユニットを立ち上げることになったのです。
この年彼らはシングル『I Hear You Now』をリリースしてデビュー、するとこれが見事英国でヒットして、順調な滑り出しとなりました。


Jon and Vangelis - I Hear You Now


デビューシングル。全英8位、ビルボードで58位。
割と真剣にヒットを狙った感じなんですかね。ヴァンゲリスの出す音はかなり当時のエレポップに寄せている感じですし、細部までよく練られた構成になっています。
アンダーソンのヴォーカルも美しく響いていて、新しいユニットを結成してやる気に満ちているさまが伝わってくるようです。


80年になると彼らはデビュー・アルバム『Short Stories』をリリースしています。これは全英4位とヒットしています(ビルボードでは125位)。
ヴァンゲリスは楽譜の読み書きができないため、レコーディングは即興性を重視した一発録りを多用していたそうです。イエスのレコーディングで綿密なリハーサルと打ち合わせを重ねるスタイルに慣れていたアンダーソンは、それまでとは真逆のこのやり方に大いに刺激を受けたそうで、そのせいか彼のヴォーカルには活力が漲っています。
一方ヴァンゲリスも基本はそれまでのスタイルを貫いていますが、時にはポップスの要素も取り入れる柔軟性を見せており、彼の懐の深さを垣間見ることができます。


Jon and Vangelis - One More Time


『Short Stories』からのシングル。
シンプルですが声も演奏も美しいですね。あとヴァンゲリスがエレピを弾いてるのって、結構珍しい気がします。全部聴いてるわけじゃないんで断言はできませんけど、イメージ的に。


彼らはその後も活発に活動し、81年には2ndアルバム『The Friends of Mr.Cairo』をリリースしています。
これは全英17位と前作よりチャートアクションはふるいませんでしたが、翌年シングル『I'll Find My Way Home』を加えた再編集盤をリリースしたところ、全英6位とヒットしています。ビルボードでも64位とまあまあでしたね。
このアルバムはシンプルな前作から一転して、かなり作り込んだ感じになっています。とは言えかっちりとした感触とは無縁で、開放感のある寛いだ雰囲気が全体を支配していますね。
妙な説得力のあるアンダーソンのヴォーカルと、神秘的なところも下世話なところも見せちゃってるヴァンゲリスのコンビネーションは、この作品で一番冴えを見せていると思います。


Jon and Vangelis - The Friends of Mr. Cairo


『The Friends of Mr.Cairo』のタイトルナンバー。ビルボードのメインストリームチャートで33位。カナダで1位。
中近東っぽい雰囲気のトラックに載せて、拳銃やカーチェイスのSEやセリフが飛び回り、そこにアンダーソンの歌い上げるヴォーカルが見事に絡み、独特の世界を作り出しています。
明らかに演出に力を入れており、前作とはまったく制作の雰囲気が違っているのは一目瞭然ですね。二人ともこのユニットに本腰を入れることを決心し、気合を入れて作ったんでしょうか。
なおこの曲はもともと12分を超える大作で、この動画はシングル用として作られたラジオエディットです。ギャング映画をモチーフとしたPVはなかなか出来が良いですね。


Jon and Vangelis - State of Independence


『The Friends of Mr.Cairo』からのシングル。81年にカットされた時はチャーインしませんでしたが、84年に再編集盤がリリースされ、全英67位を記録しています。
この曲は彼らにしてはかなり異色のアレンジを施していて、ファンキーでソウルフルな仕上がりになっています。二人ともこういう路線ができるとは思ってもみなかったので、ちょっとびっくりしましたっけ。
なおこの曲はあのディスコ・クイーン、ドナ・サマーが82年にカバーし、ビルボードで41位、全英で14位とヒットさせています。その後96年にはリミックス盤が全英13位のヒットとなるなど、長く親しまれている曲ですね。ドナ・サマーヴァンゲリスって住む世界が天と地ほどに違うと思うんですけど、それがこういう形で繋がるのは意外ではあります。


Jon and Vangelis - Back To School


『The Friends of Mr.Cairo』収録曲。
シーケンスビートを大胆に導入し、意表を突いてディスコ調で攻めてきています。これもなかなかの異色作ですね。
でもなんかいまいちノリきれないというのも、彼らならではの味なのかもしれません。なおバックヴォーカルはシンガーソングライターで、ウィッシュボーン・アッシュとの仕事でも有名なクレア・ハミルです。


Jon and Vangelis - I'll Find My Way Home


81年リリースのシングル。
全英6位、ビルボードで51位と、彼ら最大のヒットとなっています。音楽番組にも多く出演したようで、この動画もそのうちの一本です。
とにかく晴れやかで平和的な曲ですね。アンダーソンのヴォーカルもスムーズですが、それでいて人を惹きつけるものを持っているように思います。


83年には彼らの3rdアルバム『Private Collection』もリリースされています。全英22位、ビルボードで148位。
このアルバムはプログレに回帰したようなサウンドになっているのですが、リラックスしていて繊細で美しい曲が多く、ファンの中では人気が高いようです。


Jon and Vangelis - He is Sailing


『Private Collection』からのシングル。全英61位。
すがすがしく風通しがよいという印象の曲ですね。商業的なプレッシャーをあえて無視して、お互いの資質を全開にするとこんな感じになるのかな、って思います。


この年アンダーソンはイエスに戻って『Owner of a Lonely Heart』(邦題は『ロンリー・ハート』)など世界的大ヒットを出し、ヴァンゲリスも『Chariots of Fire』などのソロワークが絶好調だったため、ユニットは自然消滅したような形でその活動を停止しています。
しかしその後アンダーソンがイエスを脱退したせいもあるのか、91年には突如としてユニットでの活動を復活させ、4thアルバム『Page of Life』をリリースしました。
このアルバムは特にヒットしなかったんですが、二人の私的な会話を音楽で交わしたような感があって、非常にピュアな作品になっていますね。
ただ再発されるたびに何故か曲目やアレンジが違っているため、ファン泣かせの一枚でもあるようです。


Jon and Vangelis - Change We Must


『Page of Life』収録曲。
ヒーリングミュージックのようなリラックスした響きを持つ、優しくて深みのある曲です。なかなか良いと思うのですが、98年リリースのアメリカ盤にしか収録されていません。


その後アンダーソンは再びイエスに戻ったため(08年にクビになってますけど)、ジョン・アンド・ヴァンゲリス名義での作品はこれ以降発表されていません。
しかし二人の交流がなくなったわけではなく、お互いのライブに友情出演したりセッションをしたりして、相変わらず親密な関係は続いているようです。
なおアンダーソンは12年のロンドン五輪の際、こんなシングルも配信で出しています。


Jon Anderson - Race to the End


ヴァンゲリスの大ヒット曲『Chariots of Fire』に、アンダーソンが歌詞をつけて歌ったものですね。
こういうのが成立してしまうのも、二人の親交の深さゆえなのかもしれません。