イエス

前回の続きです。
ジョン・アンダーソン(ヴォーカル)とリック・ウェイクマン(キーボード)が脱退した後のイエスに、バグルストレヴァー・ホーン(ヴォーカル)とジェフ・ダウンズ(キーボード)が加入した話は前回書きましたが、今回はそのラインナップで80年にリリースされたアルバム『Drama』について触れておこうかと思います。
二名が脱退して残されたメンバーが、解散かメンバー補充かの二者択一を迫られ、結果同じくブライアン・レーンのマネージメントを受けていたバグルスのメンバーを迎え入れたんですが、その加入劇自体が拒否反応を引き起こしたうえにこのラインナップもすぐに瓦解したため、あまり語られることもありません。でもこれはこれでなかなか悪くないアルバムだと個人的には思っているのですが。


Yes - Into The Lens


『Drama』収録曲。邦題は『レンズの中へ』。
ホーンとダウンズがバグルス時代に書いた曲を、イエス風にアレンジし直して収録したものだそうですね。のちにバグルズの2ndアルバム『Adventures in Modern Recording』において、『I Am a Camera』と改題してカバーされています。
これが僕が最初に聴いた『Drama』の曲ですね。バグルスのメンバーが加入したということで、もう少しテクノポップ的な要素が入っているのかと思ったんですが、ヴォコーダーが使われているくらいで基本は堅牢なプログレだったので、当時ちょっと拍子抜けした記憶があります。
しかしテクノポップ云々を考えずに聴けば、テンション高く劇的に展開する大作でありながら、バグルス直系のポップなメロディーも持っており、個人的にはかなり好きな曲ですね。ドラムスとキーボードが激しく刻むところとかカッコいいですし。
ホーンのヴォーカルはアンダーソンに比べればそりゃ劣りますけど(まああっちは大歌手ですし、比較すること自体がおかしいんですが)悪くはないですし、ダウンズのキーボードもそれまでのウェイクマンやパトリック・モラーツのようにアクロバティックなテクニックを披露するスタイルではないですが、キーボードの音色のセンスで勝負している感じでこれも悪くないんじゃないかと思います。
PVでは二本のギターを持ち、なおかつスティール・ギターまで操るスティーブ・ハウ(ギター)の奮闘ぶりが印象に残りますね。


Yes - Tempus Fugit


これも『Drama』収録曲。邦題は『光陰矢の如し』。
ハウ、クリス・スクワイア(ベース)、アラン・ホワイト(ドラムス)の三人がジャム・セッションして作り上げたリフに、ホーンとダウンズがいろいろ上乗せしてできた曲なんだそうです。
エスにしては珍しく暴力的と言っていいくらい派手に疾走していて、ちょっとパンクっぽいと言えなくもないですね。実際スクワイアは「パンク風に作った」と発言しているようですし。
伸びやかなハウのギター、ボコボコと強烈に鳴らしているスクワイアのベース、ちょっとテクノが入っている感のあるダウンズのキーボードが程よく調和しており、完成度は高いと思います。
もしかするとこの曲が最もプログレテクノポップの融合が上手くいっている例なのかもしれませんね。


Yes - Machine Messiah


これも『Drama』収録曲。
ブラック・サバスかと思うような重厚なイントロから、時に激しく時に優しくドラマティックに展開していく大作です。
今聴くとメタルっぽいところもありますね。ドリーム・シアターなんかに近いところもあるように思えます。
歌詞も「機械の救世主」をモチーフとして、明確に現代社会を風刺するような内容になっています。このへんはホーンの持ち味でしょうね。アンダーソンだったらもっと詩的と言うかシュールになるでしょうから。


このアルバムのセールスは好調で、ビルボードでは18位、全英では2位を記録しています。
しかし問題はツアーにありました。アメリカ人が鷹揚で深くものに拘らない国民性だからなのか、当地でのツアーは別に問題なかったのですが、イギリスをはじめとするヨーロッパのツアーでは拒否反応がものすごく、ステージ上のホーンに罵声が浴びせかけられたり、時には物が投げ込まれたことまであったそうです。
確かにホーンのヴォーカルもライブではちょっと物足りないところはあったらしいんですけど(海賊盤でライブを聴いた人の話によると、高音部が結構ヤバかったらしいです)、やはり保守的な欧州ではアンダーソンを望むコアなファンが多かったということなんでしょうね。
大勢の人の前で歌った経験がほとんどない(バグルスはライブをやったことがなかった)ホーンは、いきなり2万人クラスの観衆の前で歌うことに不安を持っていて、もともとイエスへの加入に消極的だったせいもあって、この反応にはすっかりまいってしまい、ツアー終了後にダウンズとともに脱退してしまいます。
まあカリスマ的存在であったアンダーソンの代わりをやれ、と言われて、ステージに引っ張り出されたホーンには同情すべきところも多いと思うんですけどね。責められるべきはイエス側でしょうし。
また二人が抜けたイエスも、ハウがダウンズとともにエイジアを組むために脱退してしまうなど足並みが揃わず、約3年間解散状態に陥ってしまいました。


『Drama』はあからさまなテクノっぽさを期待すると肩透かしを食らうことになるかもしれませんが、新しいセンスの導入によりサウンドは若返っていますし、それでいてこれまでのイエスが持っていたテンションは失われていませんし、なかなかスリリングな名作だと思います。
当時バグルス加入で聴かず嫌いだった人にこそ、ぜひ聴いてもらいたいアルバムだと思います。実際再評価もされていますし、イエス好き、プログレ好きなら聴いて損はしないと思います。テクノポップ好きの人はちょっと分かりませんけど。
あとリマスター盤にはロイ・トーマス・ベイカーをプロデュースに迎えた(知った時はさすがにビックリしましたね)ものの、ボツになったセッションの音源もボーナストラックとして入っています。多少カーズ風味を帯びていて、これも面白いですよ。


その後ホーンはバグルス再結成を経てプロデューサーに転進して成功し、ダウンズもエイジアで大ヒットを飛ばしたことは前回に書いたとおりです。
エスも解散状態に陥っていましたが、83年にはアンダーソン、スクワイア、ホワイト、トレヴァー・ラビン(ギター)、トニー・ケイ(キーボード、71年までイエスに在籍していたことがある)というメンバーで活動を再開し、ホーンのプロデュースによるアルバム『90125』(邦題は『ロンリー・ハート』)を大ヒットさせ復活を遂げ、幾度ものメンバーチェンジを経て現在まで活躍しています。
いつかはイエスの歴史についても書いてみたいものですが、とにかく長くなりそうなのでやっぱり腰が引けてしまいますね。