チャーリー・ダニエルズ・バンド

前にヒップホップと歌姫系とハードコア・パンクはそんなに得意じゃない、といった意味のことを書いたことがありますが、それ以前に全然聴く機会すらない、というジャンルがあります。
それはカントリー・ミュージックです。38年洋楽聴いてきて、ほとんど接する機会がなかったんですから、本当に縁がないんでしょう。
いや、さすがにかつてのジョン・デンバーケニー・ロジャース、クリスタル・ゲイル、最近のディクシー・チックス、シャナイア・トゥエイン、ガース・ブルックスあたりの名前くらいは知っているんですが、知っている曲といえばデンバーの『Take Me Home, Country Roads』(邦題は『故郷に帰りたい』)だけです。しかもデンバーのバージョンではなくオリビア・ニュートン・ジョンのカバー(こっちの邦題は『カントリー・ロード』)で知っているという体たらくでして。
でもカントリーはアメリカではものすごい売り上げを記録しているジャンルでして、ディクシー・チックスは3千万枚以上のCDを売って、女性グループ最大の売り上げ記録を持っていますし、トゥエインのCD総売り上げはあのマイケル・ジャクソンやマドンナよりも上ですし、ブルックスに至っては米国内でのアルバム総売り上げが1億枚を超えているほどです。米国でアルバムを1億枚以上売ったのは、他にエルヴィス・プレスリービートルズレッド・ツェッペリンしかいないのですから、どれだけ売れているかよく分かるでしょう。
本国でそれだけ売れてても日本では認知度が低いというのは、カントリーがアメリカという国の歴史に根ざした、一種のルーツ・ミュージックだから、というのがあるのかもしれません。
そんなカントリーに疎い平均的な日本人である自分が、唯一面白いと思って聴いたカントリー・ミュージシャンがいます。それが今回取り上げるチャーリー・ダニエルズ・バンドです。


チャーリー・ダニエルズは1936年に米国ノースカロライナ州で生まれています。もう76歳ですから大ベテランですね。
彼は50年代からジャガーズというカントリー・バンドで活動していますが売れず、カントリーの本場であるナッシュビルに移り、そこでプレスリーの『It Hurts Me』(邦題は『胸に来ちゃった』)をジョーイ・バイヤーズと共作したり、ボブ・ディランレナード・コーエンのアルバムにセッション・ミュージシャンとして参加するなど主に裏方として歩み、71年に35歳でようやく自分のバンドを率いてデビューしたという苦労人です。
顔の半分を覆うひげとテンガロン・ハットという、ZZトップの先輩のようなルックスをした彼は、マーシャル・タッカー・バンドのヘルプとしてフィドルを弾きつつ自分のバンドでも精力的に活動し、73年には『Uneasy Rider』をビルボードで9位に叩き込み、一躍名を知られるようになります。


Charlie Daniels Band - Uneasy Rider


実は今回このエントリを書くにあたって、初めて聴いてみたんですが、清々しいくらいカントリーしてます。
若い頃だったら絶対聴かなかった音ですが、アラフィフの今になって聴くとアメリカン・フォークみたいな感じでそんなに悪くないかな、とも思います。
ただ全米9位に入ったとは思えないくらい地味な曲ですよね。そのへんはアメリカ人でないと分からない機微があるのかもしれません。


ヒットを出してビッグネームとなった彼らは、74年からは「ボランティア・ジャム」という名のカントリー、ロックの垣根を越えたスケールの大きいフェスを開催し、米国のロックファンを中心に支持を広げていきました。
このフェスは80年代に3年間だけ中断したことはあるものの、現在まで続いているというのですからたいしたものです。カントリーの底力を感じさせますね。


そんな彼らも、日本では一部のカントリー・ファンにしか知られていない存在でした。
しかしある曲によって、突如として日本でもラジオでも頻繁にオンエアされるようになり、一躍その名を高めることになるのです。
そのきっかけになった大ヒット曲が、79年にリリースされた『The Devil Went Down To Georgia』(邦題は『悪魔はジョージアへ』)でした。


Charlie Daniels Band - The Devil Went Down To Georgia


彼らの10thアルバム『Million Mile Reflections』からのシングル。ビルボードで3位の大ヒットとなった他、この曲でダニエルズはグラミー賞のベスト・カントリー・ヴォーカル部門を受賞しています。
サビ以外を早口のトーキング・スタイルでまくし立てるヴォーカルと、バトルするかのように荒れ狂うフィドルの響きが、不思議にユーモラスな感じを与える面白い曲です。
道行く旅人にフィドル勝負を持ちかけて、負けた人間の魂を奪っていく悪魔が、この歌の主人公である青年ジョニーとフィドルで対決して、敗れて逃げ去るという民話みたいな歌詞は、いかにもカントリーらしいんじゃないかと思います。
なおこの曲は翌年、ジョン・トラボルタ主演の映画『Urban Cowboy』(邦題は『アーバン・カウボーイ』)にも使われ、ダニエルズも本人役で出演しているそうです。
またプライマスもこの曲をカバーしていますし、ゲーム『ギターヒーロー3 レジェンド・オブ・ロック』の米国版にも収録され、シングルプレイでは最高難度を誇り『Fingerkiller』の異名をとるなど、現在でも親しまれています。


当時はネットなどという便利なものはなく、彼らのことについて詳しく特集した記事もなかったため、その経歴を知らず単なるネタバンドだと思っておりました。
今考えるとひどい話ですが、当時はそういう正体のよく分からない企画ものバンドが多かったんで、彼らもその一つだと思ったんですよね。それにしてはレベルがかなり高かったですが。
しかし翌年新曲がラジオでオンエアされ、ちゃんとしたバンドなんだということをようやく認識したんでしたっけ。


Charlie Daniels Band - In America


80年リリースのアルバム『Full Moon』からのシングル。ビルボードで11位のヒットとなっています。
『The Devil Went Down To Georgia』とはまったくテイストの違う、普通のカントリー・ロックですね。
歌詞は骨の髄まで保守愛国って感じで、典型的な南部のアメリカンなんだな、と感じさせてくれます。


その後彼らの作品は日本でラジオで流れることもなくなり、自分も時々何かの拍子に名前を思い出す、という程度になっていったんですが、本国ではバリバリ活動していたようで、30枚ものアルバムをリリースする他、他のミュージシャンの作品への参加や楽曲の提供、CMや映画音楽の制作と、年齢を感じさせないほど手広く活動しているらしいです。
また対イラクや対イスラム原理主義者との戦争には全面的に賛成の立場を取り、イラクで米兵の慰問のためのコンサートも開いたということですから、保守愛国ぶりにもさらに磨きがかかっているようですね。