ドラゴンズ

こんばんは。皆様お元気でしょうか。
自分は相変わらず単調な療養生活を送っていて、すっかり飽きてしまっています。
時間はあるんですから、だったら本を読んだり映画を観たり音楽を聴いたりすればいいんでしょうが、いろいろ物憂くて集中できないんですよね。
医師からはとにかく今はたっぷり睡眠をとって休め、と言われているのですが、脳が衰えていくような気がして不安で、どうしても起きてしまいます。
こういうのも欝の症状なんだと思うので、もうしばらく療養したいと思っております。


などと気が滅入るような書き出しで始まってしまいましてすみません。いつもそんな気分なわけではないんですが、つい愚痴りたくなってしまいまして。
今回はそういう暗い気分を笑い飛ばせるようなバンドを取り上げたいと思います。82年に中国発のパンクバンドとして紹介されたドラゴンズです。
ドラゴンズは地下ルートを通じてフランス人ジャーナリスト、マルク・ブーレ氏の手に渡り、そこから西側に紹介された音源との触れ込みで登場しました。原盤はフランスのバークレーというレーベルから出ており、日本ではポリドールから発売されていましたっけ。
西側の音楽がご法度だった当時の中国の共産主義体制の下、広東省深セン市(センは土偏に川)に住む3人の若者が、香港から流れてくるラジオ放送でオンエアされるロックを聴いて、それに影響されてバンドを結成した、みたいなプロフィールになっていた記憶があります。
なんでももしロックを演奏していることがバレたら投獄される危険性もあるということで、アングラディスコで偶然知り合ったブーレ氏に演奏を録音したカセットテープを渡したんだとか。
またライナーには「再教育施設に何度も入れられた」とか「地下活動をしている」みたいなことも書いてあったと思います。事実だとしたら実にパンクな話で、非常にカッコいいですけど。
80年代後半になると中国のポップミュージックは日本でも紹介されるようになりましたが、当時は中国系の歌手といったらアグネス・チャンテレサ・テンくらいしか知らなかったので、「中国のパンクバンド」という売り文句は興味を引かれるものがありましたね。
そこでさっそく彼らのアルバム『龍革命』をレンタルしてみたんですが、ジャケットに写ったメンバーの姿が人民服にサンダルという珍妙な姿だったため、さすがにこれはインチキ臭過ぎるのではないか、と思ったことを覚えています。


Dragons - Anarchy In The U.K.


セックス・ピストルズのカバーです。最初に聴いたときは爆笑してしまいました。
ギターとドラムと胡弓という、いかにも中国ってイメージの楽器編成だけでも面白いのですが、歌がまたすごい。
原曲に忠実なのは最初の「I am an」だけで、あとは英語なんか分からないので適当に「アーヤヤヤーヤー」と叫んでいるだけですから、何ともメチャクチャなことになっています。これは強烈。
ただ今になって聴き直してみると、胡弓のように音量が小さい楽器が、ギターやドラムの大きな音に消されることもなく、綺麗にバランス良く録音されていることに気づきます。
これは単にアマチュアがカセットに録音したものではなく、プロの手を介在したものなんでしょう。そう考えると上記のプロフィールは眉唾物ですね。
ちなみにアルバムでは他にローリング・ストーンズの『Get Off of My Cloud』(邦題は『ひとりぼっちの世界』)もカバーしていましたが、つべにはありませんでした。残念。
どうせだったらジョニー・サンダースの『Chinese Rock』あたりもカバーしてくれたら、洒落が効いてたんですけどそれは無理か。


Dragons - 熱烈火焔(Ardent Flame)


彼らのオリジナル曲。当時日本でシングルとして発売もされています(B面が『Anarchy In The U.K.』だった)。
これも当時聴いた時はでたらめとしか思わなかったんですが、よく聴いてみると実は中国語がちゃんと韻を踏んでおり、少なくとも作詞者はそれなりの教養のある人ではないかと推測されます。


今となってはギャグとしか思えないでしょうけど、当時は割とシリアスに捕らえられていた記憶があります。
自分がこの曲を初めて聴いたのは、当時のロック界のオピニオン・リーダーだった渋谷陽一のラジオでしたし、彼らが本当に中国のバンドなのかどうか、『ミュージック・マガジン』や朝日新聞で考察記事も書かれてましたから。
ドラゴンズはこのアルバムだけで姿を消してしまったため、その後の消息は一切分かりません。自分も知ろうとも思わなかったですし。
ただ当時から「当局に拘束され強制労働所送りになった」「西側に亡命した」という噂が飛び交ったり、そもそも香港あたりのバンド、もしくはフランスに移民した中国人に演奏させたでっち上げじゃないかと言われたりしてはいました。
どれが真相なのかは藪の中ですが、改革開放路線で西側に門戸を開くようになって久しい中国で、「実は俺たちがドラゴンズだったんだ」と名乗り出る人がいないので、多分偽者だったんじゃないかと思います。
たぶん件のマルク・ブーレという人は、いわばマルコム・マクラーレンのような山師なんじゃないかと。自分はこういうのは憎めないし好きですが。


まあ今の中国にはハードコア・パンクやノイズを演奏するバンドもあれば、ヒップホップ文化も存在するわけで、当時を思うと隔世の感がありますね。
ただこういういかにも中国のステロタイプをなぞってみたような、エスニックな誤解に基づいたバンドというのも、個人的には牧歌的で悪くないんじゃないかと思います。
それが例えでっち上げのインチキだったとしても、誰が損するわけでもないですし、だいたいピストルズ自体がインチキみたいなものでしたし、面白ければそれでいいじゃないですか。
ちなみにこのアルバムは、一時はamazonで1万円以上の高値がついていました。今も権利関係がいろいろあるのか、はたまた需要がないからなのかCD化はされていないようなのが残念です。