ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ

これもニューヨーク・パンクの範疇に入るんでしょうね。ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズです。
ニューヨーク・ドールズのジョニーが中心になって、元テレヴィジョンのリチャード・ヘルらとともに結成。ルーズで荒削りなロックンロールでカリスマ的な存在となりました。
このバンドも本国よりも英国での人気が高く、77年には英国に渡り、アルバム『L.A.M.F』をリリースしたりセックス・ピストルズとツアーしたりしています。


Johnny Thunders & The Heartbreakers - Chinese Rocks


『L.A.M.F』に収録された、今なおパンクのアンセムである不滅の名曲。
シド・ヴィシャスガンズ・アンド・ローゼズもカバーしている、ルーズだけどカッコいいロックンロールです。
作曲にはジョニー、ヘルの他に、元ニューヨーク・ドールズのドラマーだったジェリー・ノーラン、そしてラモーンズのベーシストであるディーディー・ラモーンという、ある意味豪華なメンバーがクレジットされていて驚いてしまうんですが。
ちなみに「Chinese Rocks」とは、当時流行っていたヘロインの呼び名だそうです。


Johnny Thunders & The Heartbreakers - Born To Lose


これも『L.A.M.F』に収録されている名曲。
もうとにかくイントロからして最強(この映像だとカットされてるけど)。なんかいい加減でゆるくてだるだるな感じなんですけど、そこが良いです。
「ベイビー、俺は負けるために生まれてきたんだ」という、なんとも言えないダメダメな歌詞も素晴らしい。


ハートブレイカーズ自体はあっという間に解散しているのですが、ジョニーはその後もソロとして活動します。
ヒット曲等は一切出さなかったものの、そのいかにもロックミュージシャンという佇まい、常に付きまとう退廃的なイメージで、コアなファンだけでなくミュージシャンからも尊崇されていました。もちろん日本にも何度も来日し、熱狂的なファンに迎えられています。
その後ジョニーは91年、38歳の若さで薬物とアルコールの過剰摂取により死去します。
ドラッグでヘロヘロになりながら最後までチンピラ・ロッカーとして生き抜いた、まさにPunk(=クズ)そのものといえる人生でした。